大会オフィシャルプログラムに収録する、スピードにおけるタレント発掘・育成の担当者インタビュー、大会注目選手インタビューを特別公開します。
JMSCA強化委員会・富澤隆一郎に聞く
近年、急ピッチで施設整備が行われた国内のスピードクライミングだが、日本スポーツ振興センターによる「アスリートパスウェイの戦略的支援事業(※)」により、ソフト面でも強化が進められている。その中心人物の一人でJMSCA強化委員会の富澤隆一郎氏に、取り組みの目的や現状、そして今大会の注目点を聞いた。
※独立行政法人日本スポーツ振興センター委託事業「アスリートパスウェイの戦略的支援」(競技別コンソーシアムによる地域パスウェイの整備) 以下、アスリートパスウェイ事業
スピード適性の中学生を発掘
「パリ五輪でのメダルが目標」
-- 現在、JMSCAはスピードクライミングの選手育成に取り組んでいますが、「アスリートパスウェイ」という概念がその中心にあるそうですね。
「『アスリートパスウェイ』は『子どもがスポーツに触れてからトップアスリートになるまでの道すじ』と定義されており、その構築、整備を目的に日本スポーツ振興センター(JSC)が各競技の中央団体(NF)に事業を委託しています」
-- 目的は何でしょうか?
「『地域の有能なタレント又はアスリートから中央競技団体が育成するナショナルタレントへのパフォーマンス移行を支援するプログラムの整備を行い、強固で持続可能なアスリートパスウェイの構築に貢献すること』とされています。簡単に説明すると、各競技におけるタレント発掘・育成のシステムを各地域に構築して、年代別の日本代表選手になるまでの持続可能な道すじを作っていくことです。JMSCAでは2019年に委託され、育成システムを各地域に根付かせることに加え、パリ五輪でのメダル獲得を目指しています」
-- 具体的にはどのような取り組みを?
「各都道府県では『地域タレント発掘・育成事業』という、体力テストがオールAのようなスーパーキッズを選考する事業を行っていて、その中からスピードクライミングに適性のある選手を発掘・育成しています」
-- JMSCAは公認のスピード壁を保有している岩手、鳥取、愛媛の3県と提携していますよね。
「はい。中学生に対象を絞り、2019年に1期生の募集をかけたところ、各県15~30名程度の応募がありました」
-- どんな選考をされているのですか?
「まずは垂直飛びや20mのスプリントといった9項目の体力テストです。これは育成面で成功しているインドネシアの例を参考にしたもので、特に垂直飛びと、ホールドを引き付ける力に直結する腕力の数値を重要視しています。垂直飛びが60cm以上の場合はなかなかの素質があると言えますね。他にも意欲や自己分析力、それを言語化していくコミュニケーション力などを見る面談、クライミングの資質を測るトップロープのテストを行います」
-- アスリートパスウェイ事業で選出された選手は、最高でどれくらいのタイムが出ているのでしょうか?
「男子では、もともとクライミングをしていた選手だと7.19秒で、未経験者だと8秒ちょうどが最速です。他にも8秒台前半はユースA・Bの選手で複数名います。女子は、クライミング未経験から始めて12~13秒くらいでしょうか。最初は3手目が届かないような状態で、男子は50秒くらい、女子は1分以上かかっていましたね」
-- 選手はどのような指導が受けられますか?
「各都道府県競技団体(PF)のコーチによる練習会が週1回以上あり、JMSCAからも月に1回以上は出向くようにしています。我々は指導者にコーチング方法を伝えることも重視していて、強豪国のインドネシアやロシアから学んだ指導法を基に、各PFコーチにその手法を伝えています」
-- これまで2年間、アスリートパスウェイ事業に携わってみて、手ごたえはいかがでしょうか?
「2020年度のユース日本代表に何人か輩出することができましたし、クライミング未経験でもユース代表になるための基準タイムを練習会でクリアしたり、0.5秒以内に迫っている選手が複数名いるので、非常に手ごたえを感じています」
-- 一方で課題は感じていますか?
「PFのコーチ同士の繋がりをより強固なものにしていきたいです。前述の3県で実施した取り組みを他地域にも広げていきたいと考えた時に、指導者のネットワークは不可欠です。体力テストの項目や選考基準の精度も高めていかないといけません。また、今の構造だと各PFは国体強化費で選手育成などを行っていますが、スピードは国体種目ではないので、なかなか予算を確保しにくい。そこも課題として挙げられます」
-- JMSCAのアスリートパスウェイ事業は2021年3月で終了しますが、今後の育成に関してはどのような展開を想定していますか?
「これまでの指導を下敷きにして今後も各県と連携していきながら、引き続き選手たちのクライミング能力の可能性が増える取り組みをしていきたいです。競技人口がまだまだ少なく、可能性のある人材は日本中にいるのではと考えています。他競技に取り組んでいる選手も含めて、スピード種目から『チャンス』を掴める機会を増やしていきたいですね」
-- 今年は第3回スピードジャパンカップ(SJC)と、第1回スピードユース日本選手権亀岡大会が同時開催されます。ここにアスリートパスウェイ事業で選出された選手も出場しますか?
「中学生を対象としているので、年齢的には出場できます。スピードに取り組み始めたばかりの2期生はまだ出ないにしても、1期生が全員出るならば合計で20名強が出場するので、彼らの活躍には注目したいですね」
-- SJCの注目ポイントはありますか?
「出場できる年齢基準に達したアスリートパスウェイ事業の選出選手も数名出場しますし、竹田創選手、大政涼選手というすでにスピードのシニア日本代表に選ばれている2人にも注目したいです。彼らには同事業の練習会や合宿に練習パートナーとして参加してもらうなど協力してもらいました。そんな彼らの活躍に触発され、もともとクライミングをしている選手の中からスピードに転向する選手がひょっとしたらいるのでは?と期待しています。数名ですが、実際にいるんです。スピードに適性があるクライマーも他にいると思うので、そんな選手が今大会を見てスピードにチャレンジするようになり、一緒に盛り上げてくれるようになれば面白いですね」
飽くなき向上心で、スピードでも進化を続けている東京五輪の金メダル候補。日本人初の5秒台に到達した24歳が目指すのは、もちろん記録更新と優勝だ。
-- 楢﨑選手がスピードに本格的に取り組み始めてから3、4年が経ったと思いますが、あらためてこの種目に対する印象を教えてください。
「純粋なフィジカル勝負で、やはりボルダリングやリードとはまったく違う競技だと感じています。練習はほとんどが反復練習、ウォーミングアップも瞬発力を意識した内容がメインですし」
-- これまでの日本記録更新はコンバインドジャパンカップや世界選手権など、重要な大会が多いですよね。大舞台で力が出るタイプですか?
「そうですね。大会はすごくワクワクしますし、大きい大会ほど力が出る感じはします」
-- 2020年10月の「SPORT CLIMBING JAPAN TOUR」で日本人初の公式戦5秒台となる5.90秒をマークしました。
「昨年の初めにインドネシアのコーチが日本に来て、1週間ほどトレーニングを教えてもらいました。そこからだいぶ伸びましたね。新しいムーブを2つ取り入れたことも大きかったです」
-- 8月の東京五輪までにどれほどのタイムを出せる手ごたえがありますか?
「5.5秒くらいは出せるのではないかと。スピードを得意とする選手にも勝てるような状態に持っていきたいです」
-- 今回のSJCでの目標はありますか?
「今まで練習してきたものをしっかり出して、自分の持つ日本記録を塗り替えることが一番の目標です。5.7秒くらいはいきたいですね」
-- 現在JMSCAは岩手、鳥取、愛媛の3県と連携し、スポーツクライミング未経験の中学生からスピードの有望選手を発掘するプロジェクトを進めています。また今大会では「第1回スピ―ドユース日本選手権亀岡大会」が同時開催されますが、こうしたスピードを取り巻く状況をどう見ていますか?
「もうそういう時代になったのかとびっくりしていますし、竹田(創)君や大政(涼)君が本当に速くなってきて、自分のモチベーションになっています。スピードは、今までボルダリングやリードをやってきた選手からすると『クライミングじゃない』と感じる部分があって、真剣に取り組む選手は少なかったように思いますが、スピードからクライミングを始める子が出てきて、純粋にタイムを見て喜んでいる姿を見ると嬉しいですね。まだまだ日本のスピード界には可能性があるし、運動神経の良い子がやり始めるとかなり伸びるはずです」
-- スポーツクライミングが2024年パリ五輪で継続採用されると決定した際、楢﨑選手はボルダリング・リードのコンバインド種目とスピード単種目の両方で代表を目指すとコメントされていましたね。
「もうここまで来たら、どこまで行けるかやってみたいです。スピードを続けるメリットを感じていますし、『チャレンジしている』というワクワク感が楽しいんです」
写真:JMSCA/アフロ